|
|
4月3日に修猷剣友会名誉会長 草皆 久先輩(昭和19年卒業)が入院先の病院で亡くなられました。本日5日の11:00より志免の斎場で葬儀が行われ、剣友会を代表して弔辞を述べました。以下に転記します。
お別れの辞
謹みて、故草会 久先輩のご霊前に修猷剣友会を代表してお別れの辞を申し上げます。
先輩は昭14年に中学修猷館に入学と同時に剣道部に入部されました。新入部員は100名を越えていたそうですね。先輩が5年生の昭和18年は、太平洋戦争で米軍がマキン・タラワに上陸、日米興亡の死闘を繰り広げたガダルカナル島を日本軍が撤収した年で、日本敗戦が濃厚になったころであります。物資は極端に不足、剣道防具の補充に先輩方のところを駆け回られるという状況下で、田中又四郎・西嶋弥寿夫両先生をはじめとする諸先生のご指導のもとに激しい稽古を重ねられた結果、修猷館に草皆ありと近隣の中学を圧倒されました。当時最大の大会と言われた橿原神宮剣道大会県予選の団体戦に勝ち残り福岡県代表となり宮地嶽神社の戦勝記念大会に優勝、個人でも福岡市の元寇坊塁剣道大会および福岡二四連隊武道大会優勝、明治神宮大会福岡県代表に選抜と活躍されました。昭和18年以降は戦局が益益、切迫して以降の橿原神宮大会、福日大会など全て中止となり、残念なことであったとお聞きしました。
修猷館剣道部の創設は明治28年で、先輩方の後援会発足が昭和28年であります。初代会長が中山弘道、以降の会長は、黒木房斗、久間覚、清原睦彦、佐伯太郎、林 哲也、久間 覚先輩と続き、平成4年に、草皆先輩が会長につかれました。平成7年10月29日、修猷館剣道部創設100周年記念事業実行委員長として陣頭指揮をとられたお蔭で、慰霊祭、記念剣道大会、記念式典、祝賀会、記念誌発行という事業を滞りなく行うことができました。この記念事業実行のお蔭で剣友会のまとまりがさらに強くなり今日に至っております。
先輩は、平成11年まで会長を務められ、その後は名誉会長として、修猷館剣道部の年中行事である新年初稽古、寒稽古、新入生歓迎会、暑稽古、玉龍旗大会激励会、3年生追い出し会、および剣友会の役員会、総会、懇親会にほとんど出席されておりました。病気のため剣道ができなくなっても折あるたびに奥様同伴で道場に来ていただき、現役や私どもの稽古振りをじっとご覧になられておりました。その母校剣道部への熱い思いに毎度、感謝しておりました。
草皆先輩、私どもは協力一致して剣道を通じて母校の発展に最善の努力をすることをここに誓います。香煙の向うにしつらえた草皆先輩の遺影はいまにもにこやかに私どもに現役をきたおうと語りかけてこられるような気がします。
誠に意を尽くし得ませんが、衷心よりご冥福をお祈り致しましてお別れの辞とします。
平成18年4月5日 修猷剣友会会長 大和竹史
|
|