掲示板(戦国大名二階堂氏の興亡史)
気軽にメッセージを書き込んで下さい。 但し誹謗・中傷・内容が不適切と判断される投稿は管理者の責任において削除致します。
Reload
投稿者
メール
題名
内容
<IMG>タグが利用可能です。
(詳細)
ファイル1
ファイル2
ファイル3
アップロード可能な形式(各1MB以内):
画像(gif,png,jpg,bmp) 音楽(mmf,mld) 動画(amc,3gp,3g2)
URL
[
ケータイで使う
] [
BBSティッカー
] [
書込み通知
] [
teacup.>歴史
] [
検索
]
投稿募集! スレッド一覧
スレッド作成
他のスレッドを探す
[PR]
在宅ワーク
ハワイツアー
埼玉の求人・転職
seo
東京 インプラント
[
teacup.
] [
無料掲示板
] [
プレミアム掲示板
] [
teacup.コミュニティ
] [
ブログ
] [
チャット
]
全406件の内、新着の記事から50件ずつ表示します。
1
2
3
4
5
6
7
8
9
|
《前のページ
|
次のページ》
松平周防守家
投稿者:
HAZU
投稿日:2004年11月 4日(木)19時50分12秒
返信・引用
松平周防守家は江戸時代の大名のうち、もっとも移動距離の多かった大名です。
領地もかなり変遷し、常陸笠間、丹波篠山、和泉岸和田、播磨山崎、石見浜田、下総古河、三河岡崎、石見浜田、陸奥棚倉、武蔵川越と移りました。この中で浜田にいた期間が最も多いです。幕末は川越です。
系図は残されていたようですが、本物はまだ拝見していません。ただ、その系図を写したものをさらにコピーしたものを川越藩士の子孫で郷土史家でもある方からいただきました。
確かに過去帳は死者と喪主との関係がわかるだけですね。また、昔は名前を幾度も変えたり、親や先祖の名前を継いだりして、世代がわからなくなることもありますね。
さらに、先祖について調べるのに困難になる原因が菩提寺が火事で燃えたり、菩提寺を変えてしまって昔の菩提寺に容易に聞けなくなっているとかもありますね。
他に字が読めなくなっているとか、虫食いとかもありますね。
人的要因としては、先祖の一人が自分ちを飾るためあることないこと付け加え、どこまでほんとでどこからうそかがまったくわからなくなっていることもありますね。
筈衛
HAZUさんへ
投稿者:
源次郎
投稿日:2004年11月 3日(水)17時41分36秒
返信・引用
不勉強で分からないのですが、松平周防守家とはどこに領地があった殿様なのですか。
羨ましい限りです祖母の先祖が武士ということは系図なども残されていたのでしょうね。
一族についての本を書くまえ、私も自分の直接の先祖について調べたことがありました。
須賀川市の菩提寺に行って過去帳を見せて頂きました。行く前は過去帳を調べれば先祖の繋がりが一目で分かるはずと思いこんで行ったのですがね。何と過去帳というものは家ごとに書かれていないで、日にちごとに書かれているのですね。また見たこともないふにゃふにゃの漢字で書かれていてすぐには判別不能ですよーー笑い。当然農民であった私の先祖は名字も書かれておらず、続柄も権兵衛の妻、権兵衛の子、権兵衛の母、権兵衛の父とか簡単にしか書かれていないので今の戸籍のようにはいかないですよね。たとえば一日のところには私の先祖の他に多くの家が書かれているわけで、結局写真に撮って帰りましたがね。その時なぜ先祖は系図を残してくれなかったのか恨みましたよ。ただ私の家の場合住んでいた小字には同じ一族しかいなかったので、どこどこの権兵衛と書かれていれば、同じ一族と分かりました。ただそれを家ごとに罫線で繋ぐということは完全には出来ませんでした。それが一族研究に向かわせた原因かな。
話が変わりますが、私の妻の先祖は福島県田村郡三春町出身です。結婚する直前に知ったのですがーー知っていたら止めたかな笑い。名前から戦国時代は戦国大名田村氏の家臣だったと思います。田村氏と二階堂氏は犬猿の仲だったのできっと先祖どうしはどこかの戦場で戦ったかもしれません。まったく縁というものは不思議なものです。
署名
投稿者:
HAZU
投稿日:2004年11月 3日(水)06時58分15秒
返信・引用
「はずえい」と読んでください。
私の母方祖母の実家の幕末期の隠居名です。もともと、祖母のうちは松平周防守家に仕えるうちで周防守家と同じく三河国吉良幡豆地方出身です。そういうことから、祖母の実家に限らず周防守家中では家の出自を懐かしみ「幡豆」を「筈」にして「筈衛」と名乗る人が何人かいるようです。幕末期だけで2,3人いました。
もともと、母が自分の実家(小峰家)、自分の母の実家(岡田家)について興味を持って若いころ調べていたようです。その話を少しづつ子守唄のように聞かされ、自分の家系(白坂、下重、小峰、岡田)について調べることを刷り込みされてしまったのかなと思います。
そういう刷り込みの結果、家系だけでなく、日本史全般が好きになりました(^^♪
あるとき、NIFTYに入り、KUBOさんにあったのが運のつき、いろいろな家々の家系にまい進することになりました。
「民間諸家系図」、これ、かなりの部分コピー取っていたような気がします。
興味の範囲の時代、地域はかなりの部分私の興味と重なりますね(^^ゞ
筈衛
ま、役に立たないと思いますが
投稿者:
HAZU
投稿日:2004年10月31日(日)23時09分41秒
返信・引用
ま、役に立たないと思いますが、寄らせていただきます。
須賀川市は意外と系図関係に詳しい資料がありますね。
須賀川市史編集資料の第4集「二階堂家論」、第20集「民間系図」など興味深いものもあります。
また、福島県には福島県文化センター内に歴史資料館というものがあって、市町村史を作成するのに出てきた資料など寄託受けたものを保管している施設があります。
須賀川市の文献は収蔵資料一覧にありませんが、どこに資料が存在するのか確認するのもいいかもしれません。
筈衛
初投稿ありがとうございます
投稿者:
源次郎
投稿日:2004年11月 3日(水)20時51分56秒
返信・引用
kuboさんの掲示板でよく投稿されていたのを目にしているので、初めてとは思えない気がします。福島県に在住ということで貴重なご意見が頂けるような気がしております。私の先祖は福島県須賀川市出身です。須賀川市に同年代の遠い親戚が一人いるのですが、その人も歴史が好きな人で彼からも史料を頂いたりしました。ただ福島県から遠い所に住んでいるので福島県内にある図書館の持ち出し禁止の本が見られないのが悔しいです。県立図書館や郡山市立図書館の蔵書検索で貸し出し可能な本はこちらの図書館を通じて貸し出して頂いております。過去須賀川市には二回訪れていますが、なかなか福島県まで行けないのが残念です。では、またの訪問をお待ちしています。
編集済
はじめまして
投稿者:
HAZU
投稿日:2004年10月30日(土)11時30分16秒
返信・引用
はじめまして
KUBOさんのところから参りました。
私も福島県在住のものですから、大変興味深く読ませていただきました。
これからも時折参ると思いますので、そのときにはよろしくお願いします。
しかし、北海道からこれだけの資料を集められるとは大変だったでしょうね。
筈衛
以上は、新着順401番目から450番目までの記事です。
これ以下の記事はありません。
1
2
3
4
5
6
7
8
9
|
《前のページ
|
次のページ》
/9
新着順
投稿順